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  • May 29, 2010

    Kaoru Inoue Special Interview

    教会

    先日札幌のことを薫さんに話ししていたら、プレシャスホールは教会みたいな場所でもあるということを言っていたのを聞いて。まさにそういう感じだったと今振り返るとそう思います。

    最後に残された唯一の場所、それがクラブのフロアー。プレシャスホールでした。

    トランス好きの友人と、東京のいろいろなパーティにも行きましたが、結局は、あまり好きになれず。久々に帰った地元。こんないい箱あったんだって。それが僕のプレシャスホールの体験。

    社会とはまるで接点を持つことなく。カメラを持って、1日中街を歩き。夜は適当にバイトをして、バイトが終わるとプレシャスに向かう。仕事も続かない。。写真をやっているが、見せるものもない。社会的地位なんかそもそも何もない。どうしようもない自分を思えば思うほど、ハウスカルチャーにはまりこんでいく。すなわち、それが、Theo Parrishだったり、ある時はjungoldだったり。DJspinaだったり。

    それでもダンスフロアーだけは、社会の地位や、職業も関係なく、音楽が好きな人が集まり踊っていい場所と思い、ミラーボールを見ながら、何時間でも回っているような青年が僕でした。

    当時の撮った写真

    http://goodtimecapture.org/sub1/keeephoto_7.php

    僕のそんな体験がクラブカルチャーだったわけで、東京のクラブに高いお金を払って、人ゴミにまみれるのは散々だったし。対東京のパーティピープルの意識もあり、クラブはもういいでしょと思って東京にいるにも関わらず、クラブには足を運ばなくなっていました。

    クラブに行かないからといって、気になる音楽はダンスミュージックさすがの僕も部屋でずっとブルーハーブばかり聞いていられない。

    やっぱり少し行ってみたい。クラブの情報サイトを見てても全然ピンとこない。やっぱり行くしかないんだと、散々迷ったあげく、DJのクレジットと、日時と、場所で選び出した場所は、奄美大島。

    2006年、皆既日食祭。カウントダウンパーティ。

    朝方、DJ前の薫さんとすれ違ったのを今でも鮮明に覚えています。その翌年、”FLOATRIBE”にカメラマンとして参加。オーガナイザーの桜井さんに、モノクロの写真をサンダルで走って見せに行って、写真撮らせて下さい!とお願いしました。

    FLOATRIBE

    www.myspace.com/floatribe

    FLOATRIBE PHOTO

    http://www.flickr.com/photos/7704260@N08/collections/72157608103620459/

    そんな僕にとっては縁の深い薫さんにお話を聞きたいと思います。

    ■僕は最近ライブを撮影に行く機会があって、やっぱり生音でプレイヤーが演奏しているのをみると、エネルギーが半端じゃないなって、やっぱりライブだろってそう思う瞬間がありました。やはりDJと比べるとプレイスタイルも違う。一発にかけるライブっていうのが露骨に見えてきて。このバンドいいなって思ったりもしました。薫さんが最近気になっているバンドがありましたら教えて下さい。

    ライブ・バンドとクラブDJを取り巻くシーンは、近年混ざっては いるものの文化的土壌みたいなものがやはり違ってて(日本国内に関し て)、それぞれ独特の匂いがあると思う。俺は日本のDJカル チャー黎明期のような現場を見てバンド系の匂いが当時急に嫌になって バンド辞めた。文化としてやっていることが違うので、本質的に比較出 来るものではない。音楽の根源に近いのは当然バンドの方だと思うが、 DJはもっと違った立ち位置で、思うにメディア的な存在、ある種の シャーマンのような、つまり表現者とはちょっと違うと自分は認識して いる。最近気になっているバンドは特に無い。そう言えばまだ見れてな いんだけど、高校時代のバンド仲間がやっているCELEBSというバ ンドが気になる。

    ■バンドをされていたとお聞きしたのですが、バンドを始める きっかけとなった出来事だったり。当時やられていたバンドのことを教えて下さい。

    高校時代、パンク/ニューウェイブ好きでギターを弾いていたので、クラスメイトのハードコアパンクバンドのメンバーに、ギタリストが抜け たということで誘われた。地元が神奈川県の相模原市で、よく横浜のライブハウスにライブをしに行っていた。初めて見る異様な現場で新鮮だった。高校卒業してからまた別の高校時代の友達のロックバンドに加入、都内 でよくライブをやっていた。MC5、Stooges、サイケ、ガ レージ、みたいなところにインスパイアされて当時はやっていたが、ライブの同録を近年発見して今の耳で聴いてみたら、結局セックス・ピストルズみたいだった。

    ■好きなことを仕事にするってすごく難しいことだと思います 。僕の考えでは、やりたい事⇔仕事。そこの距離をどう縮めていくかっていうことだと思っていたんですが。実際は、プロとしてクリエイティブなことをやる時にどこまで自分に妥協できるか?っていうことだったりするのではないでしょうか?逆に僕はアマチュアカメラマンとしてやっている分、かなり自由に感じます。良くも悪くも音楽ビジネス中で音楽をやることは、様々な規制の中でやっていかないとならない。自分のやりたいことと、ビジネスとして割り切っている部分があると思いますがそういった矛盾を感じた時に、どうバランスをとっていますか?

    本当に好きなことは恐らく、そうした葛藤に陥らないために仕事にしないのが一番だとは思う。音楽を生業としているのは、自分としては業みたいなものなのかな。あとビジネスとして割り切ってとか、妥協とか、ある時からそういうことを思わなくなった。仕事やビジネスということをことさらネガティブに捉える風潮というものがあるが、これには違和感がある。自分は仕事がある現実にむしろ感謝して、出来ることをやっ ている。出来ないことはやらない。それから活動するフィールドによりマナーが違うことを学んできた。それ以前に悩んで動けないのは不毛。 個人と社会との関わりの中で創造や活動が捉えられないんだったら、究極のアマチュアとして自分のためにやればいいんじゃないかと思う。

    ■DJPLAYの原動力となっているものってありますか?

    お客さん、箱の環境。そのフィードバックによるエネルギーの循環。持っている曲。あとは凄く大げさに言うとポゼッション(憑依)、そのためにと言う訳でもないが、酒をそこそこ飲んでいる。

    ■印象に残っている。クラブ体験を教えて下さい。(最近のこと。薫さんがオーガナイズしたものでも、最初のクラブ体験どちらでも大丈夫です。)

    Yellow(現eleven)オープンから間もない頃(92か 93年)、ハウス好きの友人やナンパ好きの悪友らとデヴィッド・モラレスがやっているからと遊びに行って、ナンパしていたつもりがいつの間にか音の強度に完全に魂を持っていかれてしまった。当時はレゲエ系の小箱によく遊びに行ってたので、これが自分の、洗礼に近いハウス原体験だと思う。ハマり始めるのはもっと後なんだけど。

    ■本格的にハマり始めた時期のエピソードがあれば、お願いします。それと当時、ハウス自体はどういった人が聞く音楽だったんでしょうか?今のようにそこまでメジャーでもない音楽のような気がします。

    本格的にハマり始めたのは、ブレイクビーツ、アブストラクト、ドラム &ベースなどを経て、UKなどの、当時Nu Houseみたいな呼ばれ方をしていた独特のライン、Idjut Boys周りとかを聴いてからと、ダンス・クラシックにハマったのがきっかけ。96年くらいからだと思う。GOLDがあって、自分はWAVEで働いてた頃の国内のハウスは、やはり先端的な人々と、派手な夜遊び人のドラッグ込みの音楽という印象だった。だからある意味アングラ・メジャーな都市音楽という感じ。ただこれは東京でのイメージ。

    ■薫さんの根っこにあるものって、僕の中では“Two Punks,Three Indians”だと思ったんですがその曲ができた経緯など、エピソードがあれば教えて下さい。

    特になくて、曲名も正直言うとテキトー。というか中学時代バスケ部だったんで、バスケのフォーメーションでフォワードがパンクス、センターとバックがアメリカ先住民、という勇ましい布陣をイメージしたからなんだけど、おふざけという感じ。強いて言うとその当時の好きな音が統合されている。その時普通に良い曲出来たと思ってたけど、根っこではない。

    ■Two Punks,という単語だったり、薫さんが着ていた革ジャンのイメージがパンク的なことを薫さんに対して勝手に想像していた部分があります。それと、“Two Punks,Three Indians”というエピソードも何だかロックぽいというか、パンクっぽいって思ってしまいました。本来、曲を作るということに関しての根っこにあるもの。もしくわ初めて曲を作った時のことを教えて下さい。

    これはもうやむにやまれぬ衝動と、イマジネーションの表現欲求でしかない。すでにバンド時代から曲を作ってたので、それ以降は自分が思った通りに曲をコントロール、アレンジしたいという欲求と、ヒップホップとかのサンプリング・カルチャーに衝撃を受けて、いわゆる打ち込み で曲を作り始めた。

     ■ブログの方を、読ませてもらってます。以前、飲み会の席で薫さんはもともと文学部ということをお聞きしたのですが、学生当時によく読んでいた作家など、好きな作品なんかありましたら教えて下さい。それと、その作家/作品の好きな理由もお願いします。

    文芸学科というところで、最もやられたのが南米コロンビア出身のガルシア・マルケスという作家。ジョルジュ・バタイユ。澁澤龍彦。夢野久作。南米文学、幻想文学、あとは普通に村上龍とか。結局読書も麻薬的で、文学的価値など割とどうでもよく、強度のある非現実にぶっ飛ばされるのが好きだったのと、退廃趣味のような感じが理由。世はなんとなくクリスタル、バブル末期だったけど。

    ■今はmyspeaceや、youtube、soundcloud、音楽 を聞くことは、クリック1つで聞けるようになっているのは皆知っていて、それは、写真に関しても同じで、flickrや fotologueといったように、様々なコンテンツがあります。僕は、それらの写真郡を眺めていると、部屋でPCの画面を見つめていてもしょうがないって思って、僕は、外に飛び出して写真を撮りにいくって感じです。やっぱり現実には叶わないと思うんです。それと自分の好きなものを探す過程こそ、面白かったりするものと思います。レコードを買いに行く行為ほど最高なものはないと思います。それがある時はDISKUNIONだったり、CISCOだったり、lighthouserecordだったり…薫さんが印象に残っているレコードを買いに行ったエピソードを教えて下さい。(最近でも、最初にレコードを買った時のこ とでも)

    インドネシアの首都ジャカルタに、レコード店の上司と旅行兼中古盤買い付けでレコードを買いに行ったのが印象深い。15年くらい前、 インドネシアの音楽メディアはほとんどカセットで、レコードはすでにあまり生産されてなかったので、レコードが骨董品として、そういう店が集まっているところで売られていた。アメリカのソウルやファンク、ジャズ、ロックも普通にあって、昔あの辺のディスコで使われてたんじゃないか、という話だった。値段の決め方が見た目で奇麗か、汚いか、みたいなざっくりした感じで、確か1000枚くらいその骨董通りで買い付けた。あとひとつ言っておきたいのは、インターネットが現実にかなわないというのは当たり前で、その利便性の反動でリアリティーを再度検証するのはいろんな人がそれぞれのやり方でやっていると思うので、現代社会の懸案事項ではあるんだけど、現前としてあって、良くも悪くも発展するネット環境を、自分はもはや批判的には捉えていない。

    ■時間をいかに濃密に編み上げることが出来るのか?→つまりクラブDJとはそもそも何なのかと。これに対するひとつの 答えは今となっては無い。答えが無いということが、その多様性や再帰的現状を物語っている。ブログの方で書かれていたのを読んで薫さんのDJとしての葛藤を感じました。そんな混沌した中で薫さんがやりたいと思っていること教えて下さい。

    祭りの司祭。ダンスとトランスのシャーマン。構図としては宗教的な儀式のようなものに近くて、冷静に考えるとちょっと醒めるんだけど、熱狂とはそういうもんだと思う。本当は決してオシャレとかの文脈ではないんだけど、都市のシェルター、パーティー空間、遊び場なので、オシャレでも、汗かくのも、汗かかないのも、まるごと受け入れたい。というかDJに関してはやりたいとかよりもやらされてるくらいの方がいいんじゃないか。だからこれは葛藤というより問題提起なんだけど、そんなことを議論してもしょうがないんだな、と思う。この辺は何か変に誤解を受けそうだけど、今の実感としてはそんな感じ。

     ■2010は薫さんは、本当に忙しくなりそうですね。これからの活動など、ありましたら教えて下さい。それと僕を含めたファンの方にメッセージをお願いします。

    DJに関する考え方は上記の通り、表現者ではないと捉えているので、我 の表出として(笑)楽曲を制作するのと共に、PCによるライブ活動を展開する。

    8/4水曜日、SEEDS AND GROUNDよりリリース予定。

    「Sacred Days」Kaoru Inoue

    しかし現代は、自分らしく/自己表現/自己実現、などのメッセージ、情報が溢れすぎだと思う。常に自己を表現して自分らしく生きろ、と無意識に働きかけられているようなもので、これでは迷い息苦しくなる者が出てくるのも当然。DJをしてきて良かったと思うことのひとつは、利他性について考えさせられること。奉仕という感覚。音楽をダンスフロアに奉納しているというか。故に、俺を見ろとか自己表現というものとは異質だと考えているんだけど、まあそれもお客さんが居てくれて言えることかな…遊びに来てください。

    薫さんインタビューの方ありがとうございました。

    半ばインタビューというよりも僕の悩み、答えの出ない。禅問答のようなことを薫さんに聞いたという形になってしまいましたが、薫さん本当にありがとうございます。

    KEEE

    井上 薫 (Kaoru Inoue)

    http://www.seedsandground.com/

    DJ/プロデューサー。神奈川県出身。高校時代より20代前半までパンク〜ロック・バンドでのギタリスト経験を経て、Acid Jazzの洗礼からDJカルチャーに没入する。同時期に民族音楽探究に目覚め、バリ島やジャワ島へ頻繁に旅立つ。都内の小箱クラブの平日レギュラーを務めながら、94年より”chari chari”名義で音楽制作をスタート、UKの”PUSSYFOOT”からリリースを重ねる。

    “真空管”、”MIX”、”BLUE”、”WEB”などの都内クラブで活動を続け、ハウス・ミュージックに傾倒していく中、”chari chari”としてリリースした2枚のアルバム『spring to summer』(‘99/File)、『in time』(‘02/Toy’s Factory)は日本のみならず世界でも高い評価を得た。『in time』からカットされた「Aurora」は世界中の様々なミックスCDやコンピレーションに収録され、もはやクラシックスに。以降、リリース作品、リミックス制作は多岐に渡る。

    ‘03年、日本が誇るインディペンデント・レーベル”CRUE-L”内に、自身のレーベル”SEEDS AND GROUND”を立ち上げ、「Aurora」制作時のパートナーであるDSKこと小島大介と共に、ギター・インスト・ユニット”Aurora”を結成、’04年秋デビュー・アルバム『FLARE』(SAGCD005)、’06年『Fjord』(SAGCD010)をリリース。本名”Kaoru Inoue”としては初となるダンス・オリエンテッドなアルバム『The Dancer』(SAGCD007)を’05年夏にリリースした。

    現在、独特のスタンスと審美眼から紡がれるDJスタイルが好評のレギュラーパーティ”groundrhythm”@ AIR、岩城健太郎との共催”FLOATRIBE”@ UNITを拠点に活躍中。また小島大介との”Aurora”は”Aurora Acoustics”と改名、ミニマルなギター・デュオ・スタイルが好評を博し、様々な空間でのライブ活動を展開している。

    Kaoru Inoue aka Chari Chari

    Kaoru Inoue aspired to be a DJ around the Nineties, being fully active playing diverse music such as House, Afro,Brazil, Latin, Break Beats, Jazz, Techno, etc, in his own distinctive style at various clubs in Tokyo. Apart from DJing, he also was producing songs and participated in a compilation album called ‘LISTEN UP’ (released from Universal Ape) in 1994. Taking advantage of this, he started his own musical project, CHARI CHARI. After his first opportunity of releasing his own production, he produced many songs for independent labels such as the UK label, PUSSYFOOT owned by HOWIE B. and EMIGRATION both at home and abroad as well as doing many remixes for these labels. In August1999, his first solo album, ‘SPRING TO SUMMER’ was released by File Records and received great reaction from inside and outside Japan specially from underground club music scene.

    This album was also released from the label, ULTIMA in Portugal to the world in January 2001.At the moment, he is participating in various kinds of parties around the world as a guest DJ and also producing songs for compilations such as ‘BOSSA TRES JAZZ…’(YELLOW PRODUCTION in France) as well as doing remixes for many artists in the world for instance, Femi Kuti, NXS, Crue-l Grand Orchestra, OOIOO, Frankie Valentine, Soft, Buffalo Daughter, Calm, Port Of Notes , Arto Lindsay, Bebel Gilbert to name a few. In Jan. 2002, his 2nd album,’in time’ was released from Toy’s Factory Records in Japan. This album included the big hit song called ‘Aurora’ which was also featured recently on Deep & Sexy 2 mixed and compiled by Ron Trent released by Wave Music. This song was also supported by many DJs (Francois K., Danny Krivit, Joe Clausell, Jazzanova, etc.) from around the world.

    In 2003, he started his own label called ‘Seeds and Ground’ under the Japanese independent label, ‘Crue-l Records’. He forms a band called Aurora with his production partner, DSK aka Daisuke Kojima. In this band, he plays guitar and in fall 2004, released their debut album, ‘Flare’ (SAGCD005). In summer 2005, with his real name, Kaoru Inoue, he produced a more dance oriented album which was a first for him called ‘The Dancer’ (SAGCD007).

    In March 2006, he releases under his own name, a very ambient-style in abundance, an album called ‘Slow Motion’ (ACCR10049) from the label, Rush! Production as well as another album with Aurora called ‘Fjord’ (SAGCD010) from seedsandground around the same period. He put out the mix CD titled “groundrhythm2” in late 2006. Right now, he is producing the 3rd chari chari album as well as getting ready a Seeds and Ground label compilation.

    Kaoru Inoue periodically DJs as well. Holding residencies at Club Air for a regular party called ‘groundrhythm’ and at Unit called ‘FLOATRIBE’. He regular DJs at a cross section of places whether it be inside or out. And recently, has been regularly playing live with his group, Aurora and a progressive live session band called ‘Floatribe Live Session’.

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